どこかで急を告げる半鐘がけた
「自分ではどうしようもないこととわかっていることが、なぜ気になるの」
「まるでベルガラスだな。あいつは肩をすくめて、運を天にまかせるところがあるからな。だが、おれはもう少しきちんとしているぞ」かれは闇の中を見すえた。「今夜はポルのかたわらを離れないようにな」それからしばらくして続けた。「彼女から離れてはいかん。思わんところに連れて行かれるかもしれんが、彼女のそばにいれば大丈夫だ」
「どういうこと」

「おれにもわからんよ」ベルディンはいらいらしながら言い返した。「ただわかっていることは、おまえと、彼女と、鍛冶屋と、おまえが連れとる浮浪児は、一緒にいなきゃならんということだ。何か予想もしなかったことが起きるかもしれん」
「それは悪いことなの? みんなに伝えなければ」
「惨事かどうかはまだわからん」かれは答えた。「そいつが問題なのさ。それは必要から起きるのだから、起きたとしてもおれには手出しができん。ここでいつまでも話しあっていてもきりがないから、ポルガラを見つけて一緒にいるんだな」
「わかったわ、ベルディン」セ?ネドラは素直にしたがった。
星がまたたき始めると、錨が巻きあげられ、チェレクの船はタール?マードゥに向かって静かに進み始めた。都市までまだ何マイルもあったが、指揮官たちは小声で命令を下し、音をたてないように注意を払いながら、武器や道具を調べ、ベルトを締め直し、よろいの最終点検を素早く行ない、兜をしっかりかぶった。船中のレルグと部下のウルゴ人たちは、かれら独特のしわがれた発声法で、ほとんど聞きとれないつぶやきを発しながら祈りの儀式を行なった。青白い顔はすすが塗られていたので、ひざまずき神に祈る姿は影のようにしか見えなかった。
「すべてがかれらの働きにかかっているのだ」ウルゴ人の祈祷を眺めていたローダーがポルガラに言った。「はたしてレルグにつとまるのだろうか。やつは少し情緒不安定なような気もするが」
「大丈夫よ」ポルガラは答えた。「ウルゴ人は、あなたがたアローン人よりトラクを嫌っているわ」
船はゆっくりと川にそってカーブを切りながら進んだ。半マイルも行くと、川のまん中に浮かぶ壁に囲まれた都市タール?マードゥがみえてきた。壁の上にはかがり火がいくつか見え、内部からほのかに光が見えていた。バラクは振り返ると、身体をかぶせるようにしてランタンの覆いをとり、一回点滅させて合図を送った。錨が非常にゆっくりと下ろされた。かすかにロープがきしむ音がして、船は停まった。
都市のどこかで犬が激しく吠え始めた。扉が開く音がして、鳴き声が止んだかと思うと、突如、犬が悲鳴をあげた。
「自分の犬を蹴るやつには我慢ならん」バラクはぶつぶつ言った。
レルグとかれの部下は、船の手すりまで静かに移動すると、川面に浮かんでいるボートに移るためにロープを滑り下りた。
セ?ネドラは息をこらし目を大きく見ひらいて闇をみつめていた。かすかな星明りのなかを、いくつかの影が都市に向かって滑るように進んでいるのが見えた。やがて影は見えなくなった。その後、かすかにオールが水をたたく音がして、怒りっぽいささやき声が続いた。錨を下ろした戦艦から次々に小さなボートが離れていくのが見えた。攻撃隊の先鋒がレルグやウルゴ人の後に続いて、タールの要塞島都市に向かっていくところだった。
「あれだけで十分なのか」アンヘグはローダーにささやいた。
丸々太ったドラスニアの王はうなずいた。「かれらの仕事は上陸地点を確保し、自分たちで開けた門を護ることだ。あれだけで十分さ」
夜風がかすかに吹き抜け、川面にさざ波がたち、船が揺れた。もはやこれ以上の緊張に耐え切れず、セ?ネドラは何ヵ月も前にガリオンが渡してくれた護符にふれた。いつものようにいろいろな会話が聞こえてきた。
「ヤガ、トル、ゴーク、ヴィルタ」レルグのかすれた声がささやいている。「カ、タク、ヴェード!」
「何ですって?」眉を少し上げてポルガラがたずねた。
「何を言っているのかわからないわ」セ?ネドラはあきらめたように答えた。「ウルゴ語で話しているんですもの」
護符から奇妙なうめき声が突然聞こえ始めたかと思うと、ぶっつり止んだ。
「だ、だれかを殺したみたい」セ?ネドラは震える声で言った。
「いよいよ始まったな」アンヘグは満足げに言った。
セ?ネドラは指先を離した。闇の中で人が死ぬのを聞くのはもうたえられそうにもなかった。
かれらは待った。
誰かが叫んだ。苦痛に満ちた悲鳴だった。
「あれだ!」バラクが叫んだ。「合図だ。錨を上げろ!」かれは命令した。
突然、目の前のタール?マードゥの暗い壁の上に、二つの灯火がまたたき、何人かの影がうごめくのが見えた。都市の中からカラカラと重い鎖が巻き揚げられる音がしたかと思うと、ギぎいっと重くきしむ音がして門が開き、都市を囲む北側の流れに橋がかけられた。
「位置につけ!」バラクは部下たちに怒鳴った。舵柄を思いっきり傾けると、橋に向けて船を全力で走らせた。
壁の上のたいまつの数が増え、叫び声があちこちで聞こえた。たましく鳴り始めた。
「やったぞ」アンヘグは上機嫌でローダーの背中をたたいた。「本当にうまくいったぞ」
「もちろん、うまくいくさ」ローダーの声もまた歓喜にあふれていた。「そんなにたたかないでくれ、アンヘグ。あざになりやすいんだ」
もう沈黙を保つ必要はなかった。バラクのあとに続いた船からどっと歓声が湧き上がった。たいまつの数が増し、明りの中に並んだ一団の顔は赤く輝いていた。
突然、バラクの船の右二十ヤードのところで水柱がたった。甲板にいたものは全員びしょぬれになった。
「投石機だ!」目の前のぼんやりとそびえる壁を指さし、バラクが叫んだ。壁の上には、まるで巨大な捕食性の昆虫にも似た重たげな枠組が見えた。長い腕には近づく艦船を狙って、すぐに次の丸石が乗せられている。次の瞬間矢が嵐のように降り注ぎ、壁の上を一掃した。長い槍を持っているのですぐにドラスニア人の部隊とわかる一団が、投石機のある場所を制覇した。
「気をつけろ」だれかが壁の下にいる一団に向かって叫んだ。次の瞬間、投石機は土台からはずされ、大音響とともに落ちていった。